に〜っき 二年前に練習していたオルガンの曲を練習してみると、体が覚えていて意外と弾けるものでした。わたしはそのとき、練習しても上達しないことではなくて自分が練習をできないことで悔しがっていましたのだということを思い出しました。今ならそうなっていた理由が少しわかるかもしれません。現代か?本当にこの記憶は なにか断絶してるんじゃないのか 歴史とかに没入することってどこかと断絶することだと思った
図書館に久しぶりに行けて、冴えていました。また大量に本を入荷しましたが、そのうち半分はただ借りるために借りたので、軽率さは高いのです。知るべきことが多いとわかると安心します。中途半端にパッケージングされた(ように思われる)”文化”(?)の受容や経験は、なぜかそれが点数じみた到達のために行われるべきものだと言い聞かせるようなものだったかもしれません。気の所為です。